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田和山史跡公園で散策&歴史探訪はいかがですか

2012年8月31日

我が家の近所にある田和山史跡公園(松江市乃白町)を紹介します。
松江市南郊の田和山地区は、山陰自動車道の開通で市街地の南玄関口となっており、現在では大型店舗やレストランが集積するおしゃれな商業地域として賑わいを見せています。
この商業地域を見下ろす南側の高台が田和山で、平成17年に市内灘町から移転新築された松江市立病院の瀟洒なビルと小高い丘のように見える田和山史跡公園が肩を寄せるように聳えています。

 写真1

平成9年に松江市立病院の造成予定地の文化財分布調査と発掘調査が行われましたが、田和山の丘陵斜面に弥生時代の三重環濠が確認されたため、平成12年まで3カ年に渡る発掘調査で遺跡の全容解明が行われました。
松江市は、遺跡を資料保存して取り壊し市立病院を中心に保健・医療・福祉ゾーンを整備する方針を決定しましたが、市民や研究者から遺跡保存を要望する声が強く、平成13年には国の史跡にも指定されたことから、市は計画を見直し市立病院と史跡公園を併存して整備しました。

写真2

田和山では、弥生時代前期から中期後半(紀元前200年頃から紀元0年頃)にかけて環濠や施設が造営され廃絶したと考えられています。
三重環濠に囲まれた百坪弱の山頂部には小さな倉や物見やぐらと思われる柱穴、そのほか性格不明の無数の柱穴が残されていますが、集落というには小規模で環濠が何を守るためのものであったかは謎です。
また、出雲では弥生時代前期から中期まで続いた青銅器祭祀社会が幕を閉じ、田和山から約25km西方の荒神谷遺跡(出雲市斐川町)や加茂岩倉遺跡(雲南市加茂町)で大量の銅剣や銅矛、銅鐸が埋葬された時期と重なるため、田和山遺跡の廃絶との関係性についても興味が尽きません。

写真3写真4

田和山史跡公園は、遺跡に沿って遊歩道が整備され山頂部の標高も46メートルと子供や高齢者でも苦も無くたどり着くことができます。
山頂部からは宍道湖や松江市街、茶臼山、大山などが一望できる眺望抜群のロケーションで散策には持って来いです。

9月から10月にかけては、夕日に染まる宍道湖や松江市街を撮影する絶好の時期と紹介されています。
山頂のベンチにゆったりと座り、弥生時代の風景を想像し人々の暮らしぶりに思いを馳せるのも面白いのではないでしょうか。
なお、田和山史跡公園の正面入口は西側にあり、駐車場も整備されています。

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